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スローライフVo.22/我が懐かしきふるさと
信州の安曇野に暮らす妻の父は、山岳写真家として東京と信州の二重生活を長く続けて来たが、十数年前に、心から愛する常念岳の懐に抱かれて余生を送りたいと考え、義母を伴い、60歳を過ぎてから安曇野の地に移住した。
今年で82歳になるが、今でも元気にカメラを担いで、信州の山々を歩き廻っている。それにスキーの腕前はプロ級で、「そろそろスノボでも始めるか・・・」と、冗談交じりに微笑む。
その義父が常念の山と同じように慈しんでいるのが、路傍に奉られている道祖神。
この道祖神、もともとは漢の国の旅の守り神で、それが日本に入ってから、災いから守るサイノカミと子孫繁栄のフナトノカミが一緒になったと考えられているが、安曇野で双体道祖神が彫られるようになったのは、享保年代(1716〜1735)からのようで、1700年代の物は穂高町等でも見ることができると聞く。
写真の双体道祖神は、義父の自宅近くに建造されたモノで、その建造には義父も尽力したと言う。
安曇野、穂高地方には、このような抱肩握手像や、彫られた男女がその手に酒器を持つ酒器像が多く見られ、これは男女の婚礼像と言われている。
古びた薪ストーヴの傍らで、そんな道祖神の由来に耳を傾け、義父と酒を酌み交わしていると、都会育ちの自分にはなかった古里の懐かしい匂いが、ストーヴの煙の薫りと共に、じんわりと、優しくからだに染込んで行くのである。
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