ただ単なる「漂流譚」だと、予告編を観た時には思った。で、先に観た娘に「最後はトラとの友情でも芽生えるのか」なんて質問した。が、娘は神妙な面持ちで「いや父さん、この映画はそんなに単純じゃないよ。まずは観終わって二通りの解釈ができる」と言った。
じゃあ一緒に観ようということになり、iTuneStoreでダウンロードしてみた。
で、もちろんCGを駆使した見事な映像ではあるが、やはり単純な漂流譚に思えた。が、最後の最後で、二人の日本人の事故調査員に、漂流中の顛末を説明する時になって、背筋が凍りついた。いやもちろん、途中、ミーアキャットの大群が棲息する島に於いても、ちょっと不気味な気配を覚えたが、それは主人公パイの精神状態の異常を表わす描写程度にしか捉えていなかった。
だが真実は恐ろしく違った。
遭難して極度の飢餓状態になり、人肉食をする物語としては「アンデス地獄の彷徨」あるいは「生きてこそ」が有名だ。この二つの作品は実際に起こった遭難事故「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」を元にしており、ラグビー選手団を乗せた空軍機がアンデス山脈に墜落し、乗客45名中、29名が死亡。残った16名の生存者の中には、仲間の人肉を食べて飢えをしのいで生還を果たした。
「アンデス地獄の彷徨」にしても「生きてこそ」も、そのショッキングな事実を正面から捉えた物語であり、言い換えればそれをウリにした物語である。
だがこの「ライフ・オブ・パイ」はそういう描写は一切登場しないし、見方によっては娘が言うように「二通りの解釈」が成り立つ。しかもその解釈は観る者によって微妙に変化する。
アン・リー、やってくれるなあ...と感心するのである。
予告編でも有名な、夜光虫の中のクジラのジャンプシーンや、嵐の後の夜明けの美しいシーンによって、我々は完全にアン・リーの繰り広げるマジックに騙されてしまうのだが、観終わった瞬間に「あれ? これ違うぞ!」と騙されたことに気付くのだ。
それは冒頭で主人公のパイが、見境無く様々な宗教に傾倒するところからすでに始まり、己の名前の由来とアダ名が、永遠に割り切れない果てしない数字の羅列から成り立つことで、この物語の本質を示唆しているように思える。
過酷な人生を生き抜く人の姿は美しい。だがそれは同時に、他者にとってとても残酷な行為の連続であることを、この物語では「漂流譚」の姿に変えて示唆していると言えるのである。
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