トリスの懸念は的中し、下りになるとピーターの足の踏ん張りが効かず、トリスが肩を貸して下山することになった。それにご覧のように雪も舞い始めた。だがそのような状況下でも冗談を交わしながら歩く父と息子。ボクは後ろから見ていて、何度も落涙しそうになった。 イギリスのグリニッジ天文台が世界の標準時刻の基点となっているので、そこから見れば、日本は遥か「極東」地域となる。 息子が世界の果ての地で日本人女性と結ばれ、そこで居を構える。父はそこを訪ね、息子とその家族の為にツリーハウス造りを手伝い、その地の山に登る。息子は父の体調を気遣い、山に登る楽しみを共有しようとする。 崇高なる思考力と強い行動力、限りない労力と長い年月に裏打ちされた親子の情が、そこにはあった。 二十数年後、ボクも息子たちとこのような時が過ごせるだろうか? いやそのために、今後のすべての力を惜しみなく発揮するべきだろう。なぜならボクにとって人生の本当の「幸せ」の意味が、そこにあるからだ。
2009年3月30日アーカイブ
十二ヶ岳へのルートはいろいろあるが、頂上へ直登するのには、西湖の中央、「桑留尾」から登るのがもっとも早いルートである。だが最初の30分ほどは急傾斜が続き、かなりタフな登山となる。今年の5月で74歳になるピーターにとっては、かなり厳しい登山だったとは思うが、頂上直下のビューポイントまでは、大きく遅れることなく登れた。我々の背景には西湖の全景が見えるが、右手後方には本栖湖、左手には河口湖、遠くに霞む山中湖も見える。だが肝心の冨士山は厚い雲に覆われて見えない。そこで我々は頂上まで登るか、そこから引き返すか、相談を始めた。実は登る前からトリスには気懸りなことがあった。ピーターは年齢のわりには体力はあるが、人工股関節を付けていたので、山の下りのことを心配していたのだった。とくに十二ヶ岳は、このビューポイントあたりからフィックスロープが張られた危険な場所が続く。そのことを説明すると、トリスはこのまま引き返そうと言う。が、驚いたことにピーターは頂上まで登りたいと言う。まるでその表情は子どものようだ。だが天候があまり芳しくないこともあり、ボクとトリスに説得されて、ピーターも納得し、我々は引き返すことにした。
3年前ほど前から、我が家の隣の別荘でイギリス人のファミリーが暮らすようになった。とは言っても、彼らには東京の代々木に家があり、週末や長い休暇になるとやって来るのだが、先週は春休みということもあり、彼らの両親も遠くスコットランドから、河口湖の彼らの家を訪ねて来ていた。中央のレンガ色のジャケットを着たトリスが、そのイギリス人ファミリーのお父さんで、左側の白いジャケットを来たピーターが、スコットランドから来た彼の父である。 今回の彼らの主目的は子ども(ピーターにとっては孫)の為にツリーハウスを製作することのようで、彼らの自宅の裏の杉の大木に、子どもが3人ほど乗って遊べるツリーハウスを造っている。(まだ完成していない)朝から夕方まで、親子で懸命に作業をするその姿はとても微笑ましく、ボクも通りがかる度に声を掛ける。で、週末の登山に誘ったのだ。実はトリスは、先日、行われた「東京マラソン」を3時間41分で完走しているアスリートで、我が家の裏山である足和田山にも頻繁に登っている。「それじゃ、たまには違う山を!」と云う事で、ボクが二人を十二ヶ岳に案内することになったのだ。
中学一年生の時、英語の教科書に「幸せって、なんだろう?」という短い文章が掲載されてあり、そのことについて先生と生徒が英語で受け答えする、という授業があった。が、中学一年生の子どもが真剣に「幸せ」について考えることは、日本語でも不可能なことで、冗談半分に「眠ること」とか「美味しいモノを食べること」とか、または超現実的に「億万長者になること」とか、口々に発言していたような記憶がある。だがそれ以来、ボクにとってそのテーマは深遠なる存在となった。というのも、それまでの13年間の人生で、「幸せ」について一度も考えたことがなかったからである。 人生で初めての恋、子どもが生まれた瞬間、そしてその子どもたちの成長、仕事における充足感、あるいは趣味やスポーツの楽しみなど、その時々に「幸せ」を噛み締める瞬間は多々あったが、そのどれもが危うく、脆く、切なく移ろい、そして儚い存在だった。だが先週末、ボクはある親子と一緒に山に登り、自分の残りの人生のすべてを掛けても追求すべき、「幸せ」の確固たるべき姿を見た。
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1958 年大阪生まれ。
20代は雑誌「ポパイ」の顔としてファッションモデルとして活躍したが、その後、30 代に入りアウトドア関連の著作を多数執筆。
現在は河口湖に拠点を置き、執筆、取材、キャンプ教室の指導、講演など、幅広く活動している。
また各企業の広告などにも数多く出演しており、そのアドバイザーも務めている。
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